私が粘土に夢中になったのは10歳になるよりも前でした。そしてその頃から将来は陶芸家になるとずっと心に決めていました。1969年、24歳の時、陶芸家瀬戸浩先生の下で陶芸を学ぶため、故郷であるカリフォルニア州を離れ益子を訪れました。来日当初から益子で焼き物を作りながら生活をすることにほとんど違和感はありませんでした。
その後帰国し、1974年カリフォルニア州サンフランシスコの北にある小さな町に工房を築き、その地で日用陶器を作っていました。帰国したものの、日本に戻り陶芸家として挑戦したいという夢は捨てられませんでした。そして1983年、とうとうその工房を売り払い益子に戻ってきたのです。翌年には工房を構え、今日まで益子での制作活動を続けてきました。
この100年もの間に、益子は焼き物のメッカとして益々世界的に知れ渡りました。それは陶芸を生涯の仕事として、この小さな町で陶芸生活をすると決め、多大な努力をされた多くの優れた先人達のおかげです。彼らの陶芸界への貢献と功績の偉大さを私も見習いたいと切望しています。
永きにわたる益子での制作活動は私の財産です。益子は私の一部であり、私もまた益子の一部となりました。